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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1774号 判決 1967年4月28日

本籍

大阪市浪速区西神田町八七七番地

住居

寝屋川市大字三井七〇〇の三二番地

会社役員

藤尾恒治

大正一四年七月二五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四一年六月一五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 辻本修 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人と原審相被告人株式会社藤尾製作所の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意ならびにこれに対する答弁は、検察官中藤幸太郎作成の控訴趣意書ならびに弁護人大槻竜馬、同森恕共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意の補充ならびに検察官の控訴趣意に対する答弁と題する各答弁書記載のとおりであるからこれを引用する。

検察官の論旨は量刑不当を主張するので、この所論及び答弁にかんがみ記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、本件犯行の罪質、動機、態様、殊に逋脱税額が合計一千万円を超える莫大な金額に上り、逋脱率も極めて高いこと、本件逋脱の方法は実在しない会社からの原材料の架空仕入を計上し、右代金を手形、小切手払いの形式で銀行員又はブローカーをして取立てしめて現金化し、あるいは期末棚卸高を過少計上して資産を秘匿するという計画的で且狡猾な方法を用いたものであり、よつて得た資金は架空名義で預金し、あるいは他人名義で不動産を取得し、又は被告人、その弟藤尾正明名義で有価証券、土地等を購入するなど巧妙な方法で利得していること、被告人が株式会社藤尾製作所の実質上の最高責任者として本件犯則行為たる架空仕入計上等を計画実行し、右に対する支払代金の名目で得た簿外資金についても自らの判断で運用管理していたことなどに徴すると、犯情甚だ悪質というべきである。されば、更正決定による本件法人税ならびに地方税が既に完納されていること、その他弁護人所論の事由を参酌しても、被告人に対し罰金刑を科した原判決の量刑は軽きに失するものと思料されるから、検察官の論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに判決するのに、原判決が罪となるべき事実として確定した被告人の第一ないし第三の各所為は夫々法人税法(昭和四〇年法律第三四号)附則第一九条、同法による改正前の法人税法第四八条第一項に該当するから所定刑中何れも懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により犯情最も重いと認める原判示第三の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役四月に処し、刑の執行猶予につき同法第二五条第一項、原審の訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を夫々適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江上芳雄 裁判官 木本繁 裁判官 山田忠治)

控訴趣意書

法人税法違反 藤尾恒治

右被告人に対する頭書被告事件につき昭和四一年六月一五日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

昭和四一年一一月一七日

大阪地方検察庁

検察官検事 中藤幸太郎

大阪高等裁判所 殿

原判決は、「被告人は大阪市城東区今津北町五丁目七番地に本店を置き、キヤツプシール等の製造販売を営む株式会社藤尾製作所の専務取締役であるが、同会社の業務に関し法人税を免れる目的をもつて

第一、同会社の昭和三五年九月一日より同三六年八月三一日迄の事業年度における所得金額は一〇、七〇三、八九三円、これに対する法人税額は三、九六七、四四〇円であるとして申告すべきであるのに、公表経理上架空仕入れを計上し、これにより得た資金を別途資産として留保する等の不正手段により、同事業年度の所得金額中一〇、〇一八、三二六円を秘匿し、同三六年一〇月二五日所轄城東税務署において、同署長宛に同事業年度の所得金額は、六八五、五六七円これに対する法人税額は二二六、二一〇円である旨過少に記載した法人税確定申告書を提出し、よつて不正行為により同事業年度の法人税三、七四一、二三〇円を逋脱し

第二、同会社の同三六年九月一日より同三七年八月三一日迄の事業年度における所得金額は七、三七四、八九九円、これに対する法人税額は二、六五五、七二〇円であるとして申告すべきであるのに拘らず、前同様の不正手段により、同事業年度の所得金額中五、五五七、七八四円を秘匿し、同三七年一〇月二二日前記税務署において、同署長宛に、同事業年度の所得金額は一、八一七、一一五円、これに対する法人税額は五五六、四四〇円である旨過少に記載した法人税確定申告書を提出し、よつて不正行為により同事業年度の法人税二、〇九九、二八〇円を逋脱し

第三、同会社の同三七年九月一日より同三八年八月三一日迄の事業年度における所得金額は二〇、六二五、二六三円、これに対する法人税額は七、五八九、〇三〇円であるとして申告すべきであるにも拘らず、前同様の不正手段により同事業年度の所得金額中一三、〇一四、四八六円を秘匿し、同三八年一〇月三〇日前記税務署において、同署長宛に、同事業年度の所得金額は七、六一〇、七七七円、これに対する法人税は二、六四六、〇〇〇円である旨過少に記載した法人税確定申告書を提出し、よつて不正行為により同事業年度の法人税四、九四三、〇三〇円を逋脱し

たものである」との趣旨の公訴事実をいずれもそのとおり認めながら、検察官の懲役六月の求刑に対し、原判決は、被告人に対する、右第一の事実につき罰金一五万円同第二、第三の事実につき罰金四〇万円に処する、右罰金を完納することが出来ないときは金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する旨の言い渡しをしたが、右判決の量刑は著じるしく軽きに失し不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

以下その理由を述べる。

一、被告人の本件犯則行為は、その逋脱税額、逋脱率、逋脱の動機及び手段、方法、秘匿資産の使途、査察捜査に対する被告人の態度等、いずれの点より見ても犯情極めて悪質である。

1、凡そこの種事犯は、個人法益の侵犯と異り、直接の被害者が明確でなく、裁判所に直接被害感情を訴えるものを欠くところから動もするとこの種事犯の悪質性を看過し易いのであるが、納税義務は国民としての最も基本的な義務であつて、国民の大多数は営々として働いて得た所得の中から誠実に納税しており、しかもその多くは少額の所得者であつて、かかる納税者から見れば、被告人等の如き高額脱税行為は、私欲のために手段を選ばぬもので極めて反社会性、反道徳性の高度な悪質行為と言わねばならない。正直者が馬鹿を見ると言うことは断じて許してはならず、若しかかる事犯が多発続出し、正直に納税するのは損だ、馬鹿正直ものだと言うような風潮が社会に瀰蔓するに及んでは、社会の秩序は乱れ去り、国家体制を覆えす危険があるのであつて、脱税は、汚職とともに国をほろぼす重大な犯罪と言つても過言ではない。

しかるに、脱税事犯は、それが複雑な企業経理を利用して巧妙に行なわれるため、その捜査には特殊な知識を要し、脱税の端緒を得て捜査検挙するのが他の一般刑事事件に比し極めて困難である上、この種事犯捜査の任にあたる国税査察官は極めて少数で法人税法違反事件を捜査して公訴を提起し得る迄証拠をしゆう集するのに多大の苦労を払つているのである。しかも査察官が査察に着手した事件は、全て告発、起訴されるのではなく、犯則額、逋脱率、秘匿率、犯則動機及び手段、秘匿資産の使途、調査妨害の有無、犯則調査後の経理の改善状況、重加算税等納付状況等を十分検討したうえ、悪質事犯と認められるものだけを告発要否勘案協議会にかけそして、厳罰に処する必要のあると認められる事犯のみを告発し、検察庁において起訴しているのである。

2 飜つて本件被告人の逋脱行為の内容をみるに、以下述べるように、いづれの点よりしても、情状極めて悪質といわざるを得ない。

すなわち、

(一) 先づ逋脱税額は原判決認定のとおり三事業年度を併せて一〇、七八三、五四〇円の多額にのぼつている。これを詳細にみるに、第一期においては、実所得一〇、七〇三、八九三円あるところ、僅かに六八五、五六七円の低額を申告したのみで、実に実所得の九三・六%に当る一〇、〇一八、三二六円を秘匿して法人税を逋脱し(逋脱率九四%)、第二期においても実所得七、三七四、八九九円の内、七五・三%に当る五、五五七、七八四円を秘匿して法人税を逋脱し(逋脱率七九%)、第三期において、実所得二〇、六二五、二六三円の内、六三・三%に当る一三、〇一四、四八六円を秘匿して法人税を逋脱し(逋脱率六五%)ているのであり、多数の低額給与所得者が源泉徴収により一〇〇%確実に納税しているのに鑑みれば、右の如く多額の所得を秘匿して低額申告をなし高額の脱税をしたという一事をもつてしても犯情悪質というべきである。

(二) 次に、被告人の行つた犯則の手口は、帳簿上に架空仕入れを計上して、その支払いのために手形を振出し、これを現金化し、或いは、棚卸資産の評価に際し、実際より少なく評価して、資産を秘匿する方法を用い、しかもその犯跡を隠ぺいするため、架空仕入については、電話帳などによつて知り得た業者を取引先と仕做し、その業者の印を偽造して、これを使用していたのである。その架空仕入先は九業者を数え昭和三五年以降の三事業年度において合計二、八〇〇万円を超えているのである(記録六九六丁以下)。そして右の架空仕入に対して発行された支払手形の現金化については、右架空仕入先について偽造した印鑑を利用して裏書きをなし、東京方面の銀行に架空人名義で預金口座を開設して手形を取立にまわして現金化し、これを送金小切手等の形で大阪え郵送さして簿外預金として蓄積していたもので、その手段は、極めて悪質で、狡猾というべきである。(記録二一四丁以下、二五六丁以下、四七二丁以下、四七五丁以下、四八八丁以下、四九〇丁以下、四九二丁以下、五五七丁以下、五五八丁以下)。

右のような犯則手段は当初被告人が取引していた富士銀行今里支店企画係員武政重樹から教えられたものではあるが、昭和三七年夏頃、同企画係員庄司勉から、不正行為だから止めるように注意されたにも拘らず(記録四七六丁裏、七七八丁、七五一丁)、右手口には味をしめ、坂本某なるブローカーを使用して同一手口で所得の秘匿を図り続けたのみならず、同年八月期の法人税申告に関し、被告人は城東税務所の係員から調査を受け、架空仕入先名義の領収書等を持ち帰えられているのであり(記録七八八丁以下)、それにも拘らず引続き架空仕入れにより簿外資産を蓄積し続けた被告人の行為は大胆、かつ悪質というの外はない。

(三) 被告人はかかる犯則を行つた動機について、「会社は中小企業で、不況期に備えて資本蓄積を図つたものである」ようにも述べている(記録八三八丁以下)が、被告会社のように小規模な同族会社で、しかも取締役として名を出している者も名義だけで実質は被告人一人が会社を切りまわしているような場合は、株式会社とは言うものの、個人企業の延長にしか過ぎず、簿外資産の蓄積は、即ち、被告人個人の利得に帰すことになるのである。

現に、本件においては、簿外資産は三田博外一六名の架空名義或いは無記名で、三事業年度に亘つて合計金二〇、九〇三、八九七円を定期預金にしたり(記録二一九丁以下)、枚方市茄子作の山林を被告人名義で一六五万円にて、大阪市城東区今津町五丁目の土地一三八坪を義兄、村田一名義で八八八、五一二円にて、同区今津町八六番の一一家屋付土地二〇八坪を、義妹藤井政一及び義妹の婿佐藤逞両名名義で五九〇万円にてそれぞれ買受けたり(記録七五二丁裏、七八一丁、七八二丁)、実弟正明名義で乗用車トヨペツトを八一五、〇〇〇円で、ダツトサンを六八九、〇〇〇円で購入したり(記録二八七丁、二九四丁)、被告人、或いは実弟正明、及びその他の親族の被告会社に対する増資出資金一五〇万円に充当したり(記録七八〇丁)、被告人及び実弟正明名義で約七九〇万円の株式投資資金に充当したり(記録二九八丁以下)、被告人及び実弟正明名義で入会したゴルフクラブ入会金一四〇万円の支払に充当したりしているのである(記録七八一丁)。結局、被告人は、利益が予想以上に出て来たので、利益全部に丸々課税されてはつらいということで(記録六九〇丁裏、七七七丁裏、七七九丁裏)、会社から簿外資産を秘匿し、法人と言う隠れみのの下に丸々巨額の資産を不正利得していたものに外ならないのである。

(四) 更に査察官による本件査察に対して、被告人は、当初内容虚偽の陳情書を提出し、キヤツプシールの特許問題に関して多額の簿外経費を使用した等と虚言を弄し(記録八〇二丁以下、七四九丁以下)、或いは土地の権利証、株券、定期預金証書等を乗用車の後部座席シート下や、親戚の家に隠匿して簿外資産の発覚を免れようとしており、その手口は極めて狡猾というべきである。

二、本件被告人を罰金の寛刑に処すべき特段の事情は何等存しないのみならず、相当の資産を有する被告人に対し、直税逋脱事犯について罰金刑を科したのでは、よくその刑政の目的を達し得ないというべきである。

被告人は幼少の頃から家業の呑み口製造業を手伝い、昭和三三年頃からキヤツプシールの製造を始めて株式会社組織に切り替え、今日に至つているもので、純粋の経済人である。従つて、ときには問題となる、刑事罰による資格制限の配慮は、一応存しないのである。又前述した法人税法違反事件の重要性に鑑みると行為者を厳重に処罰し、行為者をして、この種違反事件の反社会性を充分知得反省せしめると共に、他を戒しめる必要があるところ、相当の資産を有するこの種事犯の違反行為者に、金刑をもつて臨んでは、寛刑に過ぎることは勿論のこと、刑が無意味なことになり兼ねないのである。すなわち本件のように、被告会社が少規模な同族会社であつて、その簿外資の蓄積が、被告人等の個人的な利得に帰するような場合には、脱税行為者を罰金刑に処すことは、不正に利得した産金で罰金を賄わしめ、或いは会社に肩代わりさせると同じことになつて、行為者に殆んどなんの痛痒も感じさせずに終ることと推認され得るのであつて、仮令、執行猶予付であつても行為者を体刑に処して反省を求めるのでなければ、到底刑政の目的を達し得ないものと言わねばならない。

しかも、行為者に対する罰金刑が相当高額になる場合はまだしも、原判決が被告人に科した罰金額は、合計五五〇、〇〇〇円であつて脱税額の五%にしか過ぎないのである。

被告会社に対する罰金額合計一、九〇〇、〇〇〇円とを仮りに合算すれば、本件違反による罰金総計は二、四五〇、〇〇〇円であり、逋脱税額の約二四%に当るところ、このような処刑は、仮令、脱税が発覚したとしても、全ては結局金で解決がつくことであり、事実行為者の名誉、信用等に格別配慮すべきものがないとの観念を行為者に植え付ける危険がある、法人税法、或いは所得税法などの違反事件の事実行為者に対しては、十分その行為の反社会性を認識させるため、金刑とは別異の別異の効果を伴う自由刑による処罰が望まれるのである。

以上述べたように、本件被告人に対しては、事犯の重要性、犯行態様の悪質性等に照らし、須らく検察官求刑意見のように懲役刑に処すべきを相当とするに拘らず、原判決は罰金合計五五〇、〇〇〇円の寛刑をもつて臨んだのであつて、右は量刑著じるしく軽きに失し不当であるので、これを破棄し、更に適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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